ダ メ 社 長 〜私のコンサルティング失敗物語〜

 経営コンサルタントをやっていますと、さまざまな経営者の方と出会います。中には、コンサルタント料をもらっていながら、こちらが教えてもらうことの方が多いのではないかと感じるくらい素晴らしい社長さんもいらっしゃいます。
 逆に、何故こんな人が社長を務めていられるのだろうと首をかしげてしまうような人もいました。
 今日は、そんな「ダメ社長」の話をしてみたいと思います。
 ダメ社長のI社長は家具店を経営しています。
 家具業界は、どこの家庭にも家具がいっぱいあること、生活スタイルの変化によって婚礼タンスが売れなくなったことなどから、家具全体の売上げが落ち込んでいて、廃業する店が相次いでいるという厳しい状況です。
  I社長の店も、ピーク時には年商3億円を超えていましたが、今ではその6割程度にまで落ち込んでいます。
 運の悪いことに、実質的に店の経営全般を見ていたやり手の奥さんが一昨年病気で亡くなられました。I社長は、社長とは名ばかりで、販売と配達といった仕事しかしていませんでした。私がI社長と知り合ったのは、すでに奥さんが亡くなっていて、店の業績はどんどん悪化していき、銀行の借入金を返済できないところまで追いつめられていた頃でした。アルバイト店員が「やり手の奥さんが亡くなってからは、ガタガタです」というくらい、悲惨な状態でした。
 I社長が経営の立て直しのためにやったのは、従業員のリストラでした。正社員を解雇し、給料の安いアルバイト店員だけ残しましたので、人件費はほぼ半減しました。もちろん社長自身の給料も大幅にカットしました。
 しかし、人件費は抑えられますが、接客レベルが低下するのは避けられません。
 それにしても、人件費を半減させてやっと黒字になるということは、その前は一体何をしていたのだろうかと思いますよね。前の年には、売上げが1億8千万円で、5千万円もの赤字を計上したのです。「何が原因でそんな大きな赤字を出したんですか?」とI社長に聞いたところ、「何故かそうなっちゃったんですよね〜」という返事でした。唖然!
 家具の販売と配達を中心にやっていたI社長が、やり手の奥さんが亡くなって、いきなり経営を見なければならなくなったのですから、大変だったのはわからないでもないですが、それでも何が原因で多額の赤字を出したかくらいは把握しておいてもらいたいものです。
 私がI社長と出会ったのは、パソコン教室をやっている友人の紹介がきっかけでした。その友人の妹さんがその家具店で働いており、私の友人はその店の経理処理をパソコン化したり、正札・POP等をパソコンで作る指導をしていました。その友人が、I社長から、銀行に対して借入金の元本返済ストップを申し入れる依頼書の作成を頼まれたそうです。(そんなこと、人に頼むなよ!)
 I社長は自分では全く何もできないため、友人は嫌々ながらも、その仕事を引き受けました。その店がつぶれたら、妹さんの収入が途絶えてしまいますから、断るに断れなかったそうです。
 ところが、その依頼書を受け取った銀行は、ウンとは言ってくれませんでした。
 そこで、困って私に相談をしてきたという次第なのです。
 実は、私も家具店の指導は全くやったことがなかったので、ちょっと不安でしたが、事前にちょっと調べてみると、旧態依然とした売り方をちょっと変えれば、何とか業績は持ち直せるのではないかと思われたものですから、お手伝いする気になったのです。
 売上げ拡大のための施策を考えようと、勇んでI社長に会いに行ったのですが、まずは、銀行対策を何とかして欲しいという依頼です。おもしろい仕事ではないけれど仕方ありません。
 私の友人が作った銀行宛の依頼書を見せてもらって、ビックリ! 友人が悪いわけではありません。彼はそんなこと専門外ですからね。I社長から事情を聞きながら、依頼書を作ったそうですが、銀行の立場が全く考慮されていません。一方的に、家具業界の苦境を訴え、経営者・全従業員一丸となって頑張りますので、何十年と続いてきた店を存続させるために、銀行の協力をお願いしたい、と書かれていますが、そんな内容では、銀行も「はい、わかりました」とは言えないでしょう。経営者・全従業員一丸となって、どのようなことをするのですか? それさえ書かれていないのです。
 相手の気持ち(銀行の立場)が全くわかっていない、あるいはわかろうともしないで、これまでよく客商売がやってこれたものだとあきれてしまいます。
 せめて売上げ拡大のための具体的施策を2つか3つくらい挙げておかないとダメでしょう。そもそもそれがなければ経営がやっていけないでしょう?
 私はいくつかアイデアを出しました。するとI社長は「それでお願いします」と言うのです。「銀行対策のために適当な作文をしているのではないですよ。それをちゃんと実行しないと、取り敢えずは銀行が協力してくれたとしても、次からは厳しく取り立てられることになって、つぶれてしまいますよ」と脅して、やっと真剣に考えてくれるようになりました。
 結局、銀行への依頼書を私がすべて作って、数日後I社長がその銀行へ元本返済延期の依頼に行きました。銀行とのやりとりのQ&Aまで作っておきましたので、銀行との交渉はうまくいきました。
 私は元銀行員です。問題のある取引先を何社か担当していました。その経験もあって、稟議書をどのように書けば本店審査部の承認がもらえるかということが大体わかります。ですから、支店の融資担当者が稟議書を書きやすいように資料を整えた上で、I社長にその銀行に行ってもらっていますので、うまく行くに決まっています。
 そのことがあって、I社長は初めて会ってまだ1週間にしかならない私を信用するようになってくれました。
 とりあえず銀行の問題は無事にクリアしましたが、肝心なのはここからです。何が何でも売上げを上げていかなければ、また資金繰りが詰まってくるのは目に見えています。
 最初に検討したのは、学習机の販売促進策です。前年度は10月には第1回目のDMを出していたのですが、今年度は銀行対策やら何やらで、もう10月に入っているというのにまだ何をやるかも決まっていませんでした。ひとつだけ手をつけていたのは、DMハガキの制作でした。
 ところが、そのハガキの原稿を見て、ビックリするやらガッカリするやら・・・
 前年度と同じような何の芸もないハガキを考えていたのです。前年度の学習机販売台数は、その前の年度より15%もダウンしていたというのに、やり方を変えようともしないで、印刷屋さんに依頼しているのですよ。
 I社長の言い訳は、「他の店もほとんど同じようなやり方をしています」というものでした。前年度は他の店に食われたのだから、もっと工夫をしなければならないのではないですか?
 学習机に係わるDM等の広告宣伝費、販売促進費は、前年度の実績以内に抑えるという前提で、もっと効果の期待できる方法を検討しましょうという私の提案に対して、余分なお金がかからないのならいいですよというI社長の返事。
 前年度使った経費をよく調べてみると、おかしなことがわかってきました。まず第1回目のDMを10月に出しています。続いて12月に2回目のDMを出しているのですが、出したハガキの数が1回目と同じなのです。約2か月で80台くらい売れているのです。それなのに、すでに買っていただいたところにもまたハガキを出しているということです。ハガキ代がもったいないということもありますが、それより何より買っていただいたお客さんに失礼ではないですか。
 さらに出状先を調べてみると、そんな遠くから買いに来てくれることは100%ないと断言できる地域にまで、ハガキを送っているのです。リスト業者が持ってきたリスト(半径何qかでリストアップしているようです)+宛名シールをそのまま使っていたのでしょう。
 送付先、送付回数を見直すだけで、数十万円は浮かせられそうです。それを確認した上で、お店から半径5qくらいの範囲には、ハガキではなく封書でDMを出すことを提案しました。郵便代が50円から90円になっても、無駄を省くことで予算内に収めることができるからです。
 封書にすることに決まってから、念のために宅配業者のメール便を利用したらどのくらい安くなるか調べてもらったら、同一区内であれば定形封筒1通あたり40円ということでした。何とハガキよりも安いではないですか。
 これは幸先がいいぞと気分もよく、次は封入物をどうするかの検討を始めたのですが、社長からも従業員からも全くアイデアが出てきません。「この人たちは本気で考えているのだろうか。それとも、何もかも丸投げにしようとしているのだろうか」と不安になってきましたが、すでにスタートが遅れているのですから、あまりグズグズしていられません。結局、私がたたき台を作って、それをもとに検討することになりました。自分達では1行も文章が書けないのに、人の作った文章にケチをつけるとなると俄然元気が出てくるのですね。すったんだの末、やっと決まりました。というか、無理矢理まとめたといった感じでしたね。とにかく、あまりゆっくり検討している時間はないのですから、多少不満が残っても、見切り発車するしかなかったというのが本当のところです。
 それでも、他店では絶対真似できない素晴らしい企画を盛り込むこともできました。それもわずか15万円の予算ですよ。15万円は、遠方へのDMをやめることによって捻出した金額の3分の2に過ぎません。
 封書で、しかも魅力的な企画付きのDMを出したところ、今までとは違って、客数の増加が実感できたと店員が話してくれました。
 ところが、前年度よりスタートが1か月以上遅れたことによるマイナスはなかなか取り戻せません。年が明けて1月になってやっと前年並みの数字になってきましたが、もうその時点では打つ手はほとんどありません。
 実は、ひとつだけ主婦が絶対喜びそうな企画を考えたのですが、それをやるには手間がかかるという理由で、従業員の協力が得られずに断念したのです。私が頭の中で考えたのではなく、私も関わっている少年野球チームのお母さん達にアイデアを出してもらったもので、これはいけると自信があったのですが、I社長は従業員を説得できませんでした。(社長なら業務命令で有無を言わせずやらせるでしょうが・・・)
 学習机販売の最終結果は、ほぼ前年並みということで、私がひそかに目標にしていた10%アップは達成できませんでした。
 ところで、2月に入ると、学習机商戦も大体結果が見えてきます。そうなると、4月以降の対策を検討しなければなりません。
 私は、銀行への依頼書にも書いた売上げ増加策の中のどれかを実行に移しましょうと、I社長に提言しました。すると、驚いたことに、銀行への依頼書にそれらの施策を盛り込むことには賛成したI社長が、いざ実行するとなると、何だか気乗りしない様子です。もちろん、どれも簡単なことではありません。しかし、何もしなければ前年度よりもさらに業績が悪化するのは目に見えています。それなのに、学習机がそこそこ売れるとともに、他の家具の売上げも比較的堅調になってきたこともあって、「何もそんなに頑張らなくてもいいんじゃあないか」とI社長は考え出したようなのです。業績悪化に歯止めがかかっただけで、決して資金繰りが改善されたわけではありません。それなのに、何といい加減な経営者なのでしょう。
 私は腹に据えかねて、I社長に「やる気があるのか、やる気がないのかはっきりして下さい」と詰め寄りました。
 それに対して何と答えるかと思っていたら、何とI社長はボソボソと「できれば、あまり頭は使いたくない」と言ったのです。
 唖然! 呆然! もう、何と言っていいのか。私は完全に言葉を失いました。
 それっきり、私はその家具店の経営指導から降りました。
 契約は3月末までとなっていましたので、週に1度くらいのペースで経営情報を送るなどしましたが、I社長から「頑張りますので、力添えをお願いします」という言葉は最後まで出てきませんでした。
 その後も気にはなっていたのですが、契約も切れていましたので、I社長とは全く連絡を取っていません。
 先日、I社長を紹介してくれたパソコン塾経営の友人にそれとなく聞いたところ、詳しいことはわからないが、またお客さんが減って大変そうだという返事でした。
 まあ、大体予想されたことではありますが、ちょっと残念です。
 しかし、考えてみれば当然ですよね。社長にやる気がないのですよ。それなのに従業員が頑張りますか? 店に活気が出ますか?
 実は、友人に聞く前に、私は、この店の新聞折込チラシをみて、これは多分ダメだなと感じていました。
 ご存じのように、平成16年4月1日から、消費税の総額表示方式が実施されましたよね。
 この店では、単純に総額表示に切り替えただけです。税抜19
,800円のものは、税込20,790円になりました。中小企業の多くは、4月はとりあえず価格の表示方法を変えただけというところが多かったのですが、徐々に税込みで980円といった価格をつけるようになってきました。
 しかし、I社長の家具店では、いまだに31,290円という価格が残っているのです。これは従前の29,800円を税込価格にしただけなのです。私はこれをみて、あまりにも芸がなさすぎると感じるとともに、果たして業績はどうなっているのだろうかと心配になって友人に尋ねてみたのです。その結果、不安が的中してしまったというわけです。
 皆さんは、この話を聞いてどのように感じましたか?
 まさか、本当にそんな社長がいるわけがないと思われた方もいらっしゃるのではないでしょうか。私もそう思いたいです。しかし、残念ながら、これは実話です。